舟を編む

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台風(10号)一過の朝は ほっとした青空。

思わず 庭に出て 草取り・掃き掃除。

 

八月はじめの土・日と 茨城から弟家族4人が遊びに来てくれました。

 

甥っ子二人は 中学・高校の最終学年、受験生。

新潟の 何処を案内しようか?などと思い悩んだのですが・・・

結局、三条市内で二日間 過ごしていきました。。。

 

花火大会と 早朝の釣りは なんとも自宅から数分

五十嵐川 河川敷。 お手軽~と言える様ですが、

ここは、あえて 身近な贅沢と 言っておきます。

 

茨城に帰っていく 弟家族と本屋に行き、甥っ子二人に

「本を お土産プレゼントするから ありったけ 読みたい本を選んでみてね!」

というと、二人は迷いながら ぐるぐる本棚の前で本選び。

この光景がなんとも嬉しかった。

 

高校三年の長男の甥っ子は インターネット上ので投稿小説サイトを読んで、

自分も物語を作っているので 選んだ本はその分野らしい。分厚い本を4冊。

中学三年の次男の甥っ子は 兄ちゃんが沢山選んだのを横目で見ながら

私に気遣いしてくれた。

そのことは微笑ましくて こんなところに長男次男の性格が出るのだなぁ~と思った。

「何冊でもオッケーで、本の大盤振る舞いしたいのだから、失敗しても・・・

自分で買ったらもったいないと思うけど

今日はちょっとでも読んでみたいと思ったら手にしてほしいんだ。」

 

そう伝えたら 手にした本一冊。

 

中学三年の男子が見る本?アニメだったかも?と

さだかではないけれどその時思った。

きっと気になる本だったんだろう。 【舟を編む】

 

お盆が過ぎると 自分や子供達の夏休み終盤を思い出す。

宿題や課題 日記に絵画・自由研究に工作・読書に感想文。

当時大変だったことも懐かしく楽しかった思い出になる。

 

8月歳週末、慌てて 気になっていた本数冊注文した。

今夏休みなんか関係ない大人になったのに、お遊びのように8月31日、

遠い昔の夏休み終わりめがけて 夜な夜な 数冊読み始める。

読み終わりは もちろん あの時甥っ子が選んだ【舟を編む】と決めていた。

 

船を造るのではなく船を編む

出来たら 私も家を造るのではなく

いえ(住まい)を編んでゆく仕事に 移行していく時期なのかもと思えた。

 

甥っ子達や 孫達の夏休みのおかげで

仕事に家事に編みこんで往けそうな気がしてきた

まだまだ 暑さ続きそうななごり夏です。

臺中國家歌劇院

夜の台中の街

逢甲夜市 若人が溢れ賑わっていた。

 

臺中國家歌劇院

日本人建築家伊藤豊雄氏による建築設計だと案内された。

この台中国家歌劇院は「世界9大地標」の
ひとつとも言われていて、
空から見ても美しい建物だそうです。

歌劇院とは劇場のこと。

閉館跡で中には入れなかったのですが
案内してくれたケリー(英語名)に 大・大感謝です。

台湾を台中をそして日本も
大・大好きな事が

言葉は通じなくても
通訳された短めの言葉のなかに感じられて

日本人が設計した建物が
よりいっそう優しく感じられました。

ここでの京劇やコンサート
観て聞いてみたい!! 建物を肌で感じるために。

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折り返し地点

友達が届けてくれた DVD

ファッションが教えてくれること

・ビル・カニンガム&ニューヨーク

友達が これまた 届けてくれた本 3冊

 

ショップでも 自分では探し出せなかっただろうと・・・

一年の折り返しに 出会えたことに感謝しながら

夏本番前 昨日6月30日は

我が家恒例行事 家族の代表として八幡神社の茅の輪くぐりをしてきました。

ありがとう! 8の字まわりは その言葉がぴったり似合います。

 

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桜咲く

今週の日曜日

ご近所の桜が咲きはじめてました。

 

車の中からも桜のふっくら色づいている様子が映り

窓を開けると風にも香りがするようでした。

夕方 カメラ片手に散歩。

 

ご近所で 写真を撮っていたら 小学生が近寄ってきて

『ぼくも 帰って桜の 写真撮ろおう~っと!! ここより日吉神社の桜がいっぱいで綺麗だよ~! 』

と 親切に教えてくれた。

 

昨日で 新築工事の 残仕事が終わりました。 風呂工事の ユニットが入り木工事が終わり明日から

脱衣室のクロス工事。それが終われば外まわり。

 

桜が咲く頃 なんとも 新しいことが始まりそう・・・

空を見上げて ぴかぴかの一年生になる 宙を 思います。ガンバレ(笑)V

 

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はじめての ひとり おとまり 2016年1月16日(土)

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もうすぐ6歳

春になるとぴかぴかの一年生

せっせせっせと 次から次へと がんばる姿は微笑ましくあり

もうひと がんばりしましょう!! と 思わせてくれます。

 

思わず 二人でVサイン?! (笑)

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仕事と暮らし

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10月27日(火) 仕事を終え夕食後 PM:22時 最寄の高速駐車場に待ち合わせ

ひたすら南(四国・徳島)を目指して走りました。

28日・29日(神戸ひと休み)・30日 夕方5時過ぎには新潟に戻り 現場確認。

 

駆け足の旅でしたけれど 観てきて感じたことはこれからの仕事と暮らしに

意味を持たせてくれると思えました。

 

なんにせよ 冬前の仕事が 押せ押せで 気持ちは少々落ち付かず

それでも 久しぶりのひすいいろの空と 日差しの暖かさがなんとも嬉しい。

 

神無月(10月)抜けて 霜月(11月) 神帰月突入。神様が帰ってきています。(笑)

夏支度の教え

2015-08-08

ツユクサの花が咲き始めると、夏はすぐそこ と 誰かの言葉を思い出し

いそいそと夏支度始めるのです。

五月中旬 祭り前、 障子戸から簾戸へ、絨毯は夏用竹のうすべりへと替え 床の間の掛け軸も 掛け替えます。

夏支度を始めようかと思いたつ頃 脳裏をかすめる思い出は 東京下町夏景色。

母の実家があった 東京都北区堀船(王子)です。

私が生まれた所で 小学校入学前まで 住んでたところです。

最後の都電が走る下町情緒溢れるところです。

私は 小学校入学前に、父の故郷 茨城県水戸市に引っ越しました。

母は私と妹・弟 三人を連れて休みになると 東京に 里帰り。

母は 実母を早く亡くしてたので お墓参りと称して

春休み・夏休みと 子供の休みを待つかのように実家に帰ってました。

小学校四年生の夏休みから 東京行きは一人旅になるのですが、

それは十才違いの弟が生まれたからです。

水戸駅まで見送る母は 子供一人の東京行きを 丁寧に駅員さんに頼むので

見回りの度 親切に声をかけてくれて 乗客の人たちにも見守られての愉しい時間でした。

終点上野駅 ホームに近づくと 祖父の姿。うれしくて電車からホームへは大きくジャンプです。

上野駅から京浜東北線の青い列車に乗り換え、

王子駅に降り、早稲田方面からくる黄色の都電に二駅乗ると梶原商店街。

知り合いに「夏休みだね!」と声かけられながら 祖父の家。

垣根には 数十を超え百以上あっただろう 今朝咲いてつぼんだ朝顔が出迎えてくれる。

明日の朝から数えて日記に記すぞぉと やる気を思い起こさせてくれる垣根です。

玄関前には打ち水。

(母にとって二度目の母になる)祖母が 冷蔵庫から麦茶を出してくれて

祖父が団扇で風を起こしてくれて よくきたと 嬉しそうに話を聞いてくれる。

一息入れた後、 滞在中の私の部屋に荷物を置く。

再び戻ると 定位置に祖父母二人がそれぞれ団扇で風を仰いでいる。

廊下越しに風が流れてくる。 風鈴の音色。ちゃぶ台の上には かき氷。

私が荷物を片づけしているうちに 祖夫母のどちらかが近所のお店に器を持っていき用意してくれたのです。

次の日からは 一日一回 自分が食べたい時に器を持って

かき氷を作ってもらう。それがまた 楽しくて嬉しい。

和室の長押に飾られた 巨大な煙突の写真を見て尋ねた事があった。

祖父が手掛けた満州の煙突だと聞かされた。

その時はそれ以上興味を持たなかったが

晩年 叔母から 建設業の請負・現場管理の仕事をしていて たくさんの人を使い大きな仕事をしていた事を聞かされた。

(若い頃 仕事も遊びも豪快な祖父は 先妻を亡くした後 芸者さんの祖母と一緒になった事も)

小学生の私は 祖父母が大好きで 祖父母の家が居心地がよかった。

私が 高校を卒業して 東京の学校を選んだのも 親が安心するからの理由よりなにより

祖父母の住まい方が好きだった。

ご近所さんが 祖父母や父母を知り

○○○さんとこのお孫さん、○ちゃんとこの長女さんだね!と 言われる心地よさ。安心感。

祖父母は 簡素で身の丈に合った家で心地よく過ごしていた。

独りよがりになる事無くご近所さんにたいしても丁寧だった。

静かで粋だった。真似したいと思うがなかなか難しい。

祖父母に 夏支度の教えを乞うたとしたら 静かに笑うだろう。

「宿題は 自分で考えたら 宝になる」 と言われたことも思い出す。

老夫婦の住まい方は これまでの人生の生き方を静かに描いていたのかもしれない。

感性を大切にする事。

朝顔、打ち水、団扇、風鈴、かき氷、盆踊り、花火、浴衣、冷やしうどん、

キーワード満載。とびっきり粋に 自分らしく 夏を楽しむ事。   (平成二十七年八月八日)

台湾の風

夏の日差しが眩しい 六月三十日からの十二日間。

知人が海外非営利活動法人と共催で、台湾・上海・香港から十九名の ボランティアを受け入れました。

里山(竹林)を整備して、伐採した材料で炭焼きの経験をしてもらうという国際ワークキャンプです。

十二日間の十日間は公の宿泊所泊まり、

残り二日間は 何件かのホームスティ先で 新潟の生活を体験してもらう。

 

我が家族誰一人 語学が堪能なものはいないので

ホームステイの話が 舞い込んでくるとは思いもしませんでした。

ところが 急遽一件のホームスティ先キャンセル。

七月五・六日の二日間、我が家に 台湾から

メギーさんとケリーさんが(英語名以後敬称略)訪ねてくることになったのです。

十日たった今 二人は 台湾からの爽風・南風だったと 懐かしく思い出します。

 

可愛らしい素敵なお嬢さんたち 二人は同僚だそうで

休暇を利用してキャンプに参加したそうです。

台湾の若人は本名のほかに英語名があり 英語を勉強する事は大変意味ある事らしいのです。

留学したり海外旅行は多いと聞きます。皆が行く場所から一歩抜き出た方が面白いのだと 新潟を選んだそうです。

公用語は中国語(北京語)であると聞いていたのですが、

我が家での会話は、英語中心 覚えたての日本語もフル活動。

通訳の知人も付いていてくれたので、

楽しい話に花が咲き、言葉の壁も 不思議に取り払われていく気がしてきたのは

二人のとびっきりの笑顔でした。

一生懸命に聞きとり、質問し答えるというシンプルな姿勢は

ベストな コミュニケーションの力なのだと教えられました。

言葉の次は 食事を心配をしていたのですが 好き嫌いなしで食べてくれました。

日本語で「美味しい!美味しい!」と 嬉し言葉。後片付けも見事に 手伝ってくれました。

初めは 台湾に近い沖縄料理・日本そば・三条のラーメンと

二人の故郷台湾から三条へと距離を 近づけていく作戦にしました。

朝食は、珈琲・トースト・サラダ・果物と

我が家の朝食定番。

毎回 食事ごとに写真を撮りまくり 嬉し・楽し食事でした。

「ありがとう!」 は感謝の言葉だと 再確認です。

 

メギーとケリーの二人の 「ぜったい 来て!来て! 台湾」の言葉に。

海外旅行するなら アジアよりヨーロッパと 私も少々西洋かぶれ?でしたけれど、

台湾に行ってみたくなりました。

グッドの返答しか出来ずの私、まずは英語とばかり 買って読まずの英会話の本を

引っ張り出してきて 今 眺めてます。

 

風は吹き抜けるだけでなく そおっとなにか 置き土産を置いてくれます。

 

台湾という地の興味も増しましたが、若人達が自分の興味や勉強をしている姿を微笑ましく思い、

私も 興味や 勉強し続ける事 出来たらいいなぁと思えたのです。

夏本番 台湾の二人に「素敵!」と 言われた日本の暮らし。

誇り持ちたいものです。

南風の思い出を 迎え風に 追い風起こして 暑さ乗りきるぞぉ~(笑)

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きょうというひ

先週パンが届けられました。実はその前の週にも・・・

届けられたパンは どちらもとびきり それもそのはず同じお店のです。

6月の中旬 第2週目の日曜日が最終日で・・・お店閉店

オープン11時になると並んで待っている人がいたそうです。

買いに来る人が一人占めではなく 後の人を思って謙虚な数の買い物でした。

のに こうやって遠いところまで 届けられたパンです。 ○○さん ○○○さん 本当にありがとう!!

 

春の日差しが感じられる3月終わり頃 パン屋さんのオーナーの吉報をお聞きしていました。

ちょっと遠い素敵な地にお嫁に行くと・・・だから聞かせてくれた方も嬉しそうで

大好きなお店がなくなるのではなく

新しい地でまたなにかうきうきする事を創りだすんだろうと想像してました。

 

私もこのお店を知ることもなかったのですが(我が家のご近所ではないので)

2年前 住宅兼店舗の建築工事のお手伝いをした時

施主さん(小須戸のGEORGさん)に連れていかれました。

それまで あれやこれやと悩み悩んでいたのですが・・・施主さんの思いを知ることが出来たのです。

 

創っていくのは 時間と静かな思い ワールドは自分で創る。

にこやかで穏やかで

かとおもうと創り上げるものは丁寧で ひとつひとつ思いがこもって 綺麗可愛い。

 

たまたま 開店の日を聞いたら 開店には似つかわしくない冬の終わり。

春をなぜまたなかったんですか?の問いに私の誕生日!

それが 私の誕生日でもありました。・・・年齢は違っても一瞬で 打ち解けてしまいました。

 

きょうというひ。 私が大切にしたいと思っていたその言葉。その きょうというひ がお店の名前でした。

きっと忘れることなく大切にしたいと思いました。

「ノルウェーにいったら また パン屋さんをする?」の問いに

「ノルウェーだから おにぎりやさんかな?」と

聞かせて頂いたエピソードも みおさんワールドだな?と 思えて・・・にんやりとしてしまいました。

 

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