桜咲く

今週の日曜日

ご近所の桜が咲きはじめてました。

 

車の中からも桜のふっくら色づいている様子が映り

窓を開けると風にも香りがするようでした。

夕方 カメラ片手に散歩。

 

ご近所で 写真を撮っていたら 小学生が近寄ってきて

『ぼくも 帰って桜の 写真撮ろおう~っと!! ここより日吉神社の桜がいっぱいで綺麗だよ~! 』

と 親切に教えてくれた。

 

昨日で 新築工事の 残仕事が終わりました。 風呂工事の ユニットが入り木工事が終わり明日から

脱衣室のクロス工事。それが終われば外まわり。

 

桜が咲く頃 なんとも 新しいことが始まりそう・・・

空を見上げて ぴかぴかの一年生になる 宙を 思います。ガンバレ(笑)V

 

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誕生日

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3年続いて 新築工事の引渡しが2月。

自分の生まれ月の2月。

2月は春を待ちながらも

最後の冬のがんばりを見せ付けられる季節。

嬉しいような寂しいような それでも嬉しい!!が本音。

複雑な心境の中 2月を過ごし 3月通り過ぎてから懐かしんでる。

中学3年の担任の先生は 国語の先生で 沢山の事を教えてくれた。

その中で私が一番感銘した事柄は

自分の誕生日は 『親に感謝する日』と。

15才で教えられ 15才で身に染みたことは

40年以上たった今でもその教えをありがたいと思っている。

去年は 感謝する父母達がいなくなった寂しさが大きかった。

今年は 年重ねた分言葉のおおきな意味が見えてきて

感謝することが増えてきている。

本当に 沢山の人たちに支えられて 仕事や生活が出来ている。

生まれることも 生み出すことも 形にすることも それぞれの誕生日がある。

素敵な2月にありがとう。 思い出している3月も半ばになり。。。春がそこまで来ている気配。

沢山の花をいただいた2月 あっちこっちと花畑

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2016年1月12日(火) 雪から曇り

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雪が降っていた朝

まずの朝支度は 消雪のために井戸のポンプに 水を注ぎます。

呼び水を入れた後に スイッチオン

勢いよく井戸水が出始めたと思ったら 蛇口付近からバシャバシャ

用意万端と思いきや なかなかうまくいかないものです。

ふわりふわりの雪に うきうきするのは

根っからの雪国生まれではなく 年に2~3回の雪に

「雪~!」と歓声あげて

 土付雪だるま作って 喜んでいたあの頃そのままです。

もっと降り積もると 「雪国生まれじゃないもの~」と 弱音を吐くのですが

今日のところ

年初めの支払日の ちょっと忙しい中

現場で出たダンボール片付けのため いつになく即刻 車走らせました。

いつも 億劫がってる ブログも・・・走らせてる?!

勢いついたのは もちろん雪のせいだと思います。。。

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仕事と暮らし

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10月27日(火) 仕事を終え夕食後 PM:22時 最寄の高速駐車場に待ち合わせ

ひたすら南(四国・徳島)を目指して走りました。

28日・29日(神戸ひと休み)・30日 夕方5時過ぎには新潟に戻り 現場確認。

 

駆け足の旅でしたけれど 観てきて感じたことはこれからの仕事と暮らしに

意味を持たせてくれると思えました。

 

なんにせよ 冬前の仕事が 押せ押せで 気持ちは少々落ち付かず

それでも 久しぶりのひすいいろの空と 日差しの暖かさがなんとも嬉しい。

 

神無月(10月)抜けて 霜月(11月) 神帰月突入。神様が帰ってきています。(笑)

冷房入れずの一日

お盆が過ぎると風が変わる

昔の人は 季節の変わり目を敏感に 感じていたのかもしれない。

 

残暑は まだまだ続く 夏休みもまだ十日はある。

 

今日は 冷房を入れずに一日過ごし

プランニング中の家の夏と冬

冷房・暖房・想像めぐらしていた。。。 風の感じが白く秋に近づいている。

 

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夏支度の教え

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ツユクサの花が咲き始めると、夏はすぐそこ と 誰かの言葉を思い出し

いそいそと夏支度始めるのです。

五月中旬 祭り前、 障子戸から簾戸へ、絨毯は夏用竹のうすべりへと替え 床の間の掛け軸も 掛け替えます。

夏支度を始めようかと思いたつ頃 脳裏をかすめる思い出は 東京下町夏景色。

母の実家があった 東京都北区堀船(王子)です。

私が生まれた所で 小学校入学前まで 住んでたところです。

最後の都電が走る下町情緒溢れるところです。

私は 小学校入学前に、父の故郷 茨城県水戸市に引っ越しました。

母は私と妹・弟 三人を連れて休みになると 東京に 里帰り。

母は 実母を早く亡くしてたので お墓参りと称して

春休み・夏休みと 子供の休みを待つかのように実家に帰ってました。

小学校四年生の夏休みから 東京行きは一人旅になるのですが、

それは十才違いの弟が生まれたからです。

水戸駅まで見送る母は 子供一人の東京行きを 丁寧に駅員さんに頼むので

見回りの度 親切に声をかけてくれて 乗客の人たちにも見守られての愉しい時間でした。

終点上野駅 ホームに近づくと 祖父の姿。うれしくて電車からホームへは大きくジャンプです。

上野駅から京浜東北線の青い列車に乗り換え、

王子駅に降り、早稲田方面からくる黄色の都電に二駅乗ると梶原商店街。

知り合いに「夏休みだね!」と声かけられながら 祖父の家。

垣根には 数十を超え百以上あっただろう 今朝咲いてつぼんだ朝顔が出迎えてくれる。

明日の朝から数えて日記に記すぞぉと やる気を思い起こさせてくれる垣根です。

玄関前には打ち水。

(母にとって二度目の母になる)祖母が 冷蔵庫から麦茶を出してくれて

祖父が団扇で風を起こしてくれて よくきたと 嬉しそうに話を聞いてくれる。

一息入れた後、 滞在中の私の部屋に荷物を置く。

再び戻ると 定位置に祖父母二人がそれぞれ団扇で風を仰いでいる。

廊下越しに風が流れてくる。 風鈴の音色。ちゃぶ台の上には かき氷。

私が荷物を片づけしているうちに 祖夫母のどちらかが近所のお店に器を持っていき用意してくれたのです。

次の日からは 一日一回 自分が食べたい時に器を持って

かき氷を作ってもらう。それがまた 楽しくて嬉しい。

和室の長押に飾られた 巨大な煙突の写真を見て尋ねた事があった。

祖父が手掛けた満州の煙突だと聞かされた。

その時はそれ以上興味を持たなかったが

晩年 叔母から 建設業の請負・現場管理の仕事をしていて たくさんの人を使い大きな仕事をしていた事を聞かされた。

(若い頃 仕事も遊びも豪快な祖父は 先妻を亡くした後 芸者さんの祖母と一緒になった事も)

小学生の私は 祖父母が大好きで 祖父母の家が居心地がよかった。

私が 高校を卒業して 東京の学校を選んだのも 親が安心するからの理由よりなにより

祖父母の住まい方が好きだった。

ご近所さんが 祖父母や父母を知り

○○○さんとこのお孫さん、○ちゃんとこの長女さんだね!と 言われる心地よさ。安心感。

祖父母は 簡素で身の丈に合った家で心地よく過ごしていた。

独りよがりになる事無くご近所さんにたいしても丁寧だった。

静かで粋だった。真似したいと思うがなかなか難しい。

祖父母に 夏支度の教えを乞うたとしたら 静かに笑うだろう。

「宿題は 自分で考えたら 宝になる」 と言われたことも思い出す。

老夫婦の住まい方は これまでの人生の生き方を静かに描いていたのかもしれない。

感性を大切にする事。

朝顔、打ち水、団扇、風鈴、かき氷、盆踊り、花火、浴衣、冷やしうどん、

キーワード満載。とびっきり粋に 自分らしく 夏を楽しむ事。   (平成二十七年八月八日)

台湾の風

夏の日差しが眩しい 六月三十日からの十二日間。

知人が海外非営利活動法人と共催で、台湾・上海・香港から十九名の ボランティアを受け入れました。

里山(竹林)を整備して、伐採した材料で炭焼きの経験をしてもらうという国際ワークキャンプです。

十二日間の十日間は公の宿泊所泊まり、

残り二日間は 何件かのホームスティ先で 新潟の生活を体験してもらう。

 

我が家族誰一人 語学が堪能なものはいないので

ホームステイの話が 舞い込んでくるとは思いもしませんでした。

ところが 急遽一件のホームスティ先キャンセル。

七月五・六日の二日間、我が家に 台湾から

メギーさんとケリーさんが(英語名以後敬称略)訪ねてくることになったのです。

十日たった今 二人は 台湾からの爽風・南風だったと 懐かしく思い出します。

 

可愛らしい素敵なお嬢さんたち 二人は同僚だそうで

休暇を利用してキャンプに参加したそうです。

台湾の若人は本名のほかに英語名があり 英語を勉強する事は大変意味ある事らしいのです。

留学したり海外旅行は多いと聞きます。皆が行く場所から一歩抜き出た方が面白いのだと 新潟を選んだそうです。

公用語は中国語(北京語)であると聞いていたのですが、

我が家での会話は、英語中心 覚えたての日本語もフル活動。

通訳の知人も付いていてくれたので、

楽しい話に花が咲き、言葉の壁も 不思議に取り払われていく気がしてきたのは

二人のとびっきりの笑顔でした。

一生懸命に聞きとり、質問し答えるというシンプルな姿勢は

ベストな コミュニケーションの力なのだと教えられました。

言葉の次は 食事を心配をしていたのですが 好き嫌いなしで食べてくれました。

日本語で「美味しい!美味しい!」と 嬉し言葉。後片付けも見事に 手伝ってくれました。

初めは 台湾に近い沖縄料理・日本そば・三条のラーメンと

二人の故郷台湾から三条へと距離を 近づけていく作戦にしました。

朝食は、珈琲・トースト・サラダ・果物と

我が家の朝食定番。

毎回 食事ごとに写真を撮りまくり 嬉し・楽し食事でした。

「ありがとう!」 は感謝の言葉だと 再確認です。

 

メギーとケリーの二人の 「ぜったい 来て!来て! 台湾」の言葉に。

海外旅行するなら アジアよりヨーロッパと 私も少々西洋かぶれ?でしたけれど、

台湾に行ってみたくなりました。

グッドの返答しか出来ずの私、まずは英語とばかり 買って読まずの英会話の本を

引っ張り出してきて 今 眺めてます。

 

風は吹き抜けるだけでなく そおっとなにか 置き土産を置いてくれます。

 

台湾という地の興味も増しましたが、若人達が自分の興味や勉強をしている姿を微笑ましく思い、

私も 興味や 勉強し続ける事 出来たらいいなぁと思えたのです。

夏本番 台湾の二人に「素敵!」と 言われた日本の暮らし。

誇り持ちたいものです。

南風の思い出を 迎え風に 追い風起こして 暑さ乗りきるぞぉ~(笑)

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雨降り好き    

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 小さな頃から雨降り好きです。 

 何故と 自分に問うたこともなかったのですが 

庭の草木と同化して 雨が潤いを与えてくれていると思っていたのかも知れません。

 親の配慮なのか策略なのか、気付くと机の位置はいつも窓辺に置かれて 

自然に机に向かって 本を読んだり、絵を描きながら、庭景色をみてました。

雨の日が続く梅雨時期は窓辺の景色は水を含みぐぐぐっと色濃くなる それがまた楽しみでした。

梅雨時期に咲き誇る紫陽花や菖蒲の花が凛と咲き 雨模様に彩りを与えてくれてました。

 

荒井由実の『やさしさにつつまれて』の歌詞を 聞く度 この頃思う事があります。

 

小さい頃は神様がいて 不思議に夢をかなえてくれた

   やさしい気持ちで目覚めた朝は おとなになっても 奇跡はおこるよ

   カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の やさしさに包まれたなら きっと

   目にうつる全てのことは メッセージ

    小さい頃は神様がいて 毎日愛を届けてくれた

   心の奥にしまい忘れた 大切な箱 ひらくときは今

   雨上がりの庭で くちなしの香りの やさしさに包まれたなら きっと

   目にうつる全てのことは メッセージ

   カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の やさしさに包まれたなら きっと

   目にうつる全てのことは メッセージ      

 

 小さい頃の神様は 親だったんだろうなぁ…

雨風に心配する事無く 

ただ ゆったりと自分の好きな時間を過ごせた事 みんな神様(親)の仕業でした。

 

 年を重ね物事に対する目線や時間の流れも変わってきて、毎日が慌ただしく余裕なく過ぎてます。

好きな季節や 好きな物事も忘れがちになります。

窓辺に座り ゆったり時間をつくり 夢をかなえてくれた親や、自然に、感謝したり

これからの 生活を楽しむためにも 雨降りの楽しみを忘れずにいたいと思います。

     

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