年賀状から教えられて

年の瀬、追われるように年賀状をつくり、郵便局に駆け込んだ。

まだ、年賀状ボックス、市内と市外と二つ置かれていてほっとする。

ポストに投函をしようと思ってたので、仕分けを局内でしながら、駆け込みセーフを一人喜ぶ。

 

三十数年前に嫁いで

義父が、二百枚近くの年賀状を手刷りをして 畳の上に広げているのを

手伝い始めてから、我が家の年賀状の付き合いが始まった。

子供達が幼少期に入る頃になると、面白がって一緒に年賀状をする手伝いをしてくれた。

年賀状の思い出は、毎年少しづつ違っていく。

 

パソコンの普及も年賀状の形を変えていって、

難病の晩年の義父が

「これは便利で面白いね。」と

出来上がった年賀状を喜んで確認してくれたのも 思い出のひとつに加わっている。

 

子供達が育ち、娘は結婚をして男子二人を授かり親子2世帯で暮らしてる。

息子も初子を授かり、我が家も2世帯になり、年賀状の数も添えられた言葉も増えた。

 

パソコンで、いち早く年賀状を 作って送ってくれた友達がいる。20数年前のこと。

義父はそれを見て驚いていた。主人と私と一緒に建築を学んだ友(夫婦)である。

パソコンの年賀状が当たり前になった頃には、

手作り手書きの年賀状になっていて、主人と二人で感激したのも思い出になっている。

同じ学びやで学び、課題の設計をいくつもこなしていた頃を思い出し、

あの二人(夫婦)は 学生時代同様、オピニオンリーダーだと誇らしく思えた。

 

追われるように年賀状を作って出した今年の年初め。

郵便ポストに置かれた年賀状。一枚一枚、目を通しながら反省しかり。

今年の目標はその反省を生かしたい。

今日、1月5日の小寒の日に届いた年賀状をみながら再確認。

 

【昨年一年充実した一年を過ごすことが出来たことに深く感謝しています。

今年は少し落ち着いた大人の時間を過ごすことを心がけたいと思ってます~大丈夫かな?

なんて言いながら今もバタバタと年賀書きながらお台所しています。】

お正月に、家族の様子と自分の今年の目標を書き添え、

私宛に今年も宜しくご指導ください。と書き添えてくれた年下の親友。

私の方がいつも支えられ教えられてるのです。

大切にものごと考えたり仕上げたりの作業、確実に。

 

そして、パソコンから手書きに大変身の学友は 暖かな文字で

【ゆとり( ・・)ある一年でありますように】

楽しそうな 彼女の年賀状に教えられました。

 

あわてることなく ゆっくりと 丁寧に 確実に。楽しみたい身のまわりのこと。今年の目標です。

本年もよろしくご指導ください。 時代に流されるのでなく、時代と共に 私なりにがんばってみます!!(笑】

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数枚の写真が物語る

カメラのSDカードの中の写真が笑っていた。

ブログ更新せずの・・・ 3ヶ月。

気持ちも心も揺れながら小走りに走っていた。

北海道の弟夫婦を訪ねて・・・ 弟の嫁さんの手料理に感激したり

       愛犬、蘭ちゃんと散歩したり・・・

庭木の紅葉・つわぶきの花・金木犀の香りをも 写した気になっていたり

今年始めた プランター野菜の最後の収穫 にんじん・小松菜も写し収め

我が家の 内孫(なっちゃん誕生)も携帯で写しまくっていたけれど

わがカメラにも もちろん写しました。

そして 大好きな若い我が友 と色違いおそろいのコートを着て

Vサインしている写真もあります。

お花を頂いた写真も ありがとうの気持ちを込めてパチリ。

写真を見ながら 写真には写せなかった日常を思い出す。

この数ヶ月に 締め切りに追われ終われ描いた図面は提出したものの

見直作業をしていこうと思ってます。

一生に 一度か二度かの新築工事。

施主さんを思いながらの図面を描くことは緊張はありますが

好きな仕事だと再確認できた年でした。

今年も 一ヶ月をきり 後3週間ほど

事務所や住まいの、大掃除いや(笑)小掃除しながら

頭の中も すっきりと いろいろと考えていきたいものです。

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夏支度の教え

2015-08-08

ツユクサの花が咲き始めると、夏はすぐそこ と 誰かの言葉を思い出し

いそいそと夏支度始めるのです。

五月中旬 祭り前、 障子戸から簾戸へ、絨毯は夏用竹のうすべりへと替え 床の間の掛け軸も 掛け替えます。

夏支度を始めようかと思いたつ頃 脳裏をかすめる思い出は 東京下町夏景色。

母の実家があった 東京都北区堀船(王子)です。

私が生まれた所で 小学校入学前まで 住んでたところです。

最後の都電が走る下町情緒溢れるところです。

私は 小学校入学前に、父の故郷 茨城県水戸市に引っ越しました。

母は私と妹・弟 三人を連れて休みになると 東京に 里帰り。

母は 実母を早く亡くしてたので お墓参りと称して

春休み・夏休みと 子供の休みを待つかのように実家に帰ってました。

小学校四年生の夏休みから 東京行きは一人旅になるのですが、

それは十才違いの弟が生まれたからです。

水戸駅まで見送る母は 子供一人の東京行きを 丁寧に駅員さんに頼むので

見回りの度 親切に声をかけてくれて 乗客の人たちにも見守られての愉しい時間でした。

終点上野駅 ホームに近づくと 祖父の姿。うれしくて電車からホームへは大きくジャンプです。

上野駅から京浜東北線の青い列車に乗り換え、

王子駅に降り、早稲田方面からくる黄色の都電に二駅乗ると梶原商店街。

知り合いに「夏休みだね!」と声かけられながら 祖父の家。

垣根には 数十を超え百以上あっただろう 今朝咲いてつぼんだ朝顔が出迎えてくれる。

明日の朝から数えて日記に記すぞぉと やる気を思い起こさせてくれる垣根です。

玄関前には打ち水。

(母にとって二度目の母になる)祖母が 冷蔵庫から麦茶を出してくれて

祖父が団扇で風を起こしてくれて よくきたと 嬉しそうに話を聞いてくれる。

一息入れた後、 滞在中の私の部屋に荷物を置く。

再び戻ると 定位置に祖父母二人がそれぞれ団扇で風を仰いでいる。

廊下越しに風が流れてくる。 風鈴の音色。ちゃぶ台の上には かき氷。

私が荷物を片づけしているうちに 祖夫母のどちらかが近所のお店に器を持っていき用意してくれたのです。

次の日からは 一日一回 自分が食べたい時に器を持って

かき氷を作ってもらう。それがまた 楽しくて嬉しい。

和室の長押に飾られた 巨大な煙突の写真を見て尋ねた事があった。

祖父が手掛けた満州の煙突だと聞かされた。

その時はそれ以上興味を持たなかったが

晩年 叔母から 建設業の請負・現場管理の仕事をしていて たくさんの人を使い大きな仕事をしていた事を聞かされた。

(若い頃 仕事も遊びも豪快な祖父は 先妻を亡くした後 芸者さんの祖母と一緒になった事も)

小学生の私は 祖父母が大好きで 祖父母の家が居心地がよかった。

私が 高校を卒業して 東京の学校を選んだのも 親が安心するからの理由よりなにより

祖父母の住まい方が好きだった。

ご近所さんが 祖父母や父母を知り

○○○さんとこのお孫さん、○ちゃんとこの長女さんだね!と 言われる心地よさ。安心感。

祖父母は 簡素で身の丈に合った家で心地よく過ごしていた。

独りよがりになる事無くご近所さんにたいしても丁寧だった。

静かで粋だった。真似したいと思うがなかなか難しい。

祖父母に 夏支度の教えを乞うたとしたら 静かに笑うだろう。

「宿題は 自分で考えたら 宝になる」 と言われたことも思い出す。

老夫婦の住まい方は これまでの人生の生き方を静かに描いていたのかもしれない。

感性を大切にする事。

朝顔、打ち水、団扇、風鈴、かき氷、盆踊り、花火、浴衣、冷やしうどん、

キーワード満載。とびっきり粋に 自分らしく 夏を楽しむ事。   (平成二十七年八月八日)

台湾の風

夏の日差しが眩しい 六月三十日からの十二日間。

知人が海外非営利活動法人と共催で、台湾・上海・香港から十九名の ボランティアを受け入れました。

里山(竹林)を整備して、伐採した材料で炭焼きの経験をしてもらうという国際ワークキャンプです。

十二日間の十日間は公の宿泊所泊まり、

残り二日間は 何件かのホームスティ先で 新潟の生活を体験してもらう。

 

我が家族誰一人 語学が堪能なものはいないので

ホームステイの話が 舞い込んでくるとは思いもしませんでした。

ところが 急遽一件のホームスティ先キャンセル。

七月五・六日の二日間、我が家に 台湾から

メギーさんとケリーさんが(英語名以後敬称略)訪ねてくることになったのです。

十日たった今 二人は 台湾からの爽風・南風だったと 懐かしく思い出します。

 

可愛らしい素敵なお嬢さんたち 二人は同僚だそうで

休暇を利用してキャンプに参加したそうです。

台湾の若人は本名のほかに英語名があり 英語を勉強する事は大変意味ある事らしいのです。

留学したり海外旅行は多いと聞きます。皆が行く場所から一歩抜き出た方が面白いのだと 新潟を選んだそうです。

公用語は中国語(北京語)であると聞いていたのですが、

我が家での会話は、英語中心 覚えたての日本語もフル活動。

通訳の知人も付いていてくれたので、

楽しい話に花が咲き、言葉の壁も 不思議に取り払われていく気がしてきたのは

二人のとびっきりの笑顔でした。

一生懸命に聞きとり、質問し答えるというシンプルな姿勢は

ベストな コミュニケーションの力なのだと教えられました。

言葉の次は 食事を心配をしていたのですが 好き嫌いなしで食べてくれました。

日本語で「美味しい!美味しい!」と 嬉し言葉。後片付けも見事に 手伝ってくれました。

初めは 台湾に近い沖縄料理・日本そば・三条のラーメンと

二人の故郷台湾から三条へと距離を 近づけていく作戦にしました。

朝食は、珈琲・トースト・サラダ・果物と

我が家の朝食定番。

毎回 食事ごとに写真を撮りまくり 嬉し・楽し食事でした。

「ありがとう!」 は感謝の言葉だと 再確認です。

 

メギーとケリーの二人の 「ぜったい 来て!来て! 台湾」の言葉に。

海外旅行するなら アジアよりヨーロッパと 私も少々西洋かぶれ?でしたけれど、

台湾に行ってみたくなりました。

グッドの返答しか出来ずの私、まずは英語とばかり 買って読まずの英会話の本を

引っ張り出してきて 今 眺めてます。

 

風は吹き抜けるだけでなく そおっとなにか 置き土産を置いてくれます。

 

台湾という地の興味も増しましたが、若人達が自分の興味や勉強をしている姿を微笑ましく思い、

私も 興味や 勉強し続ける事 出来たらいいなぁと思えたのです。

夏本番 台湾の二人に「素敵!」と 言われた日本の暮らし。

誇り持ちたいものです。

南風の思い出を 迎え風に 追い風起こして 暑さ乗りきるぞぉ~(笑)

20150707

おかえり

息子夫婦が結婚の挨拶がてら友達訪ねて横浜に・・・

夕食食べながら 楽しかった旅行話を聞かせてもらった。

「一人も 気楽でよかったでしょう?」と 問われて 「食事がお粗末さまでした。(笑) 」

「食事だけではなく生活パターンが崩れてしまっていました!! ^^;」

大きな要因は この4日間 仕事に追われ

家族に遠慮なく 仕事優先~出来るとばかり 仕事に力を注いだはずが。。。

思った通りに 片付くはずもなく 空回り。。。

やっぱり いつものペースで いつものように家事雑務に追われながらの仕事が一番!!

住まいづくりのお手伝い仕事は

いつものように家事しながらの普段の生活の中でつくり上げたいなぁ~と思えました。

3人分のケーキ買いながら(息子の誕生日26日) 二人が仲良く帰ってくるのを待ち

皆で夕食を食べ 片づけをして お茶しながら どのケーキにしようか?

そんな たわいもない生活を 大切にしたいと思いました。

私も 一緒にお家に帰ってきた気分です。 おかえり~~~。 (嬉)

20150128

緋色(ひいろ)

現場はじめの日
一番最初に目についたのは庭の花。
 
始めてみた花なので花の名前はさておいて
この花の色は?
 
この頃・・・すぐに出てこない名前や事項。
 
う~ん なんだったかと おもいっきり頭を使う。
思い出せない事も数多くあるけれど思い出せたときは
何ともうれしい。。。(笑)
 
そうそう 緋色 鮮やかな赤をさす色名。
火に通じ火色とも書く。
[思ひの][ひ]にかけて思ひの色ともよぶことがある。
 
思い出せたことと 思ひ色 なんだか うれしいね!
 
お盆前 無事すませた現場も よかったよかった。
 

11月14日朝

朝5時半、目ざまし***に起こされる。
案の定 昨晩の天気予報通り 冬型の日本海側(新潟)大荒れ。
 
雨音と雷。。。 
幾分静かになったと思ったら朝陽が差し込んで・・・
シャッターチャンスと思いきや?! 
みるみる お日様隠れて雨降り出した。寒い一日でした。
 
こんな日だから ほんの一瞬 大事にしなければ ^^v と 。
 
 
 

季節を追いかけて

小さな庭、山土を入れたので・・・
草木の育ちが今ひとつ・・・ 
それでも 春になると 小さな小さな山菫が咲いてくれる。

土と一緒に 運ばれてきて 
ここを住処としているのが なんともいじらしい山菫。

雀も ちゅんちゅうと姿 みつけるたび、、、

まだ 色紙の入れ替えは?と 一日延ばしにしていた。

これって、今年の季節のせい?!  まだまだ まだまだと。ネ!(笑)

でも6月、、、そうも いってはいられない・・・ 無花果と苺?これまた 追いかけてかも?

自分が作っている野菜を
家族だけではなく 知らない人にも食べてもらいたいと
軽トラに乗って売りに来るのは 私と同世代らしい?Sさん。
そして それは三年前の春からでした。
軽トラは 野菜を売りに出るため
旦那さんに買って貰ったと・・・
一番初めに 嬉しそうに話してくれた。
たくさん食べてた育ち盛りの息子さんが
その年の春から大学に通うため
家を離れて行ったので・・・ 
寂しいけれど・・・ その気持ち忘れるためにも
野菜作りにせいだそうかなぁ~。そして売りたいのだとも。。。
野菜を買うたび 
少しづつ 聞かせてもらう話の中に野菜の顔と
作り手・売り手の 顔がみえてくる。
野菜を売る姿が不慣れで・・・自分の建築仕事も不慣れで・・・
言葉にはでないけれど 同世代同士の慰め。
自分は野菜作りではないけれど 
これまで家族のためにしてきた
主婦としての暮らしづくりを建築に活かして 
仕事にしていきたいなぁ~。と。
Sさん見ていて 自分なりに頼まれた仕事はがんばろう!!と思えた。
春から夏に向かうこの季節 
とびきり楽しみな苺は・・・この出来事を思い出させてくれる。
崩れやすいので そぉっとそぉっと。
思い出も
出しては仕舞、仕舞っては出してみたいものです。
現場が一つづつ 仕上がっていくのは 嬉しいもの。
思い出も 熱意も夢も そぉっと大切に 持続持続・・・。 

みんなちがって・・・

みんな ちがって みんな いい。
おなじ (花)材 使っているようで 花の色も形も微妙に違い・・・
活ける人によって違ってく。
実感しながら ・・・ 暮らし方のバランスも 学んで行くんだね!

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